ジョセフィーヌの愛した皇帝の石
何処に行っても猛暑からの逃げ場が無かった8月も終って、先日の台風の一過と同時に心なしか暑さが優しくなったような気がします。これからは実りの秋ですねぇ。お隣の田んぼの稲も少しづつ黄金色に近づいて来たみたいです。
さて今月の誕生石はみなさんよくご承知の、静かな石サファイア。
時間も空間も飛び去っていく。

たとえてみれば、天使の瞳の青。
なにもかも見透かされているのだけれど、優しくゆるされている感じもあります。じっと見つめていると、心の中にかくしておいた、あらゆる悲しみが吸い込まれていく。そして自分の中にわずか残っている神聖な部分が、少しづつ覚醒していく気がします。
あらゆる青の中で、もっとも完璧な青。
冷たい霧の中で凍らせた、天上の青い花びら。
宝石は人々の欲望の対象だというのに、サファイアには、邪悪の影が少しも見当たりません。でもそれは、世間知らずの清らかさではなく、絶望を通り抜けた者の静かな強さに似ています。
オスカー・ワイルドの童話『幸福の王子』の瞳が美しいサファイアでした。なに不自由なく暮らした王子が、その死後、町を見渡す金の像となり、初めて、この世にはどれほど多くの苦しみが存在しているかを知り、深い悲しみに襲われます。そしてツバメに頼み、その目をくりぬかせ、貧しい少女のもとへと運ばせるのでした。
その目をくりぬくという残酷さは読者である子供の胸に、禁断の美しさとして深く印象に残ります。もしもこの瞳がダイヤモンドやエメラルドだったら、この話のサディスティックなイメージがもっと強調されていたでしょう。
しかし瞳はサファイアでした。深い悲しみをたたえた、静かなブルー。だからこそ、王子の絶望にも似た優しさが、素直に心にしみとおるのです。
宝石の中で、最も神に近い石。
東南アジアの仏教国(スリランカやタイなど)で産出するだけあって、これらの国の仏教徒に尊重されている石です。
〜ジョセフィーヌの愛した皇帝の石〜
そのサファイアの名前は、持ち主を世界の征服者にするという伝説からつけられたもので「皇帝の石」と呼ばれています。
ナポレオン一世の愛妃・ジョセフィーヌが初めてそれを目にしたのは、1804年、アーヘンに聖水を求めて赴いた時の事。それはわずか3ヶ月前に夫ナポレオンが人民投票で皇帝となり戴冠式を行ったばかりの8月でした。
ちょうど、このアーヘンの都に宮廷礼拝堂をカール大帝が建設して千年目にあたるというので、カール大帝の偉業を讃えるムードに沸き立っていました。ジョセフィーヌが、大聖堂にやってきたのはそんな時でした。ジョセフィーヌの参拝に敬意を表して大聖堂の職員達が、カール大帝の守護石とされていた秘宝、「持つ者を必ず皇帝にする」サファイアを特別に見せることにしました。
そのサファイアを見るなり、ジョセフィーヌは何を勘違いしたのか「これで結構よ!」と、頷きました。
慌てたのは寺院側です。と、いうのもナポレオンがドイツを征服した際、寺院側はナポレオンに聖遺物の中から何かを献上する約束になっていたからです。しかし、まさかジョセフィーヌ妃がやって来て、こともあろうに見せるだけのつもりだった寺院の秘宝を所望するとは夢にも思っていなかったのですから。結局、このサファイアはナポレオンの命に従ってジョセフィーヌの手に渡ってしまいました。
聖遺物として特別の価値のあるこのサファイアをジョセフィーヌにとって、単純にカール大帝に心酔する宝石好きの夫が喜ぶだろう、と考えてサファイアを申し出ただけに過ぎなかったようです。ともあれこの宝石は、千年の時を経て、奇しくも同じ世界制覇を狙うナポレオンの手に渡ることになったのです。ところがナポレオンは、せっかくの「世界を征服する石」を、いとも簡単にジョセフィーヌに譲ってしまいます。
『余がそちのために神から授かった石。大切にして手放すでないぞ』
ジョセフィーヌにとっては、夫が皇帝になって初めてプレゼントしてくれた宝石となりました。しかし、それがどういう意味を持つのか、そのとき彼女は気づいていませんでした。
ジョセフィーヌがコルシカ生まれの小男ナポレオンと結婚に踏み切った時、彼はまだ軍人でした。当時、ジョセフィーヌは結婚していましたが、フランス貴族の夫がフランス革命で捕らえられ処刑台に送られたため、二人の子供を抱え、生活苦に喘ぐ真っ最中。そんな彼女がナポレオンの求婚に応じたのは生活のためでした。
妻になった彼女は六歳も年下のナポレオンを見下し、浮気を重ねては夫をイライラさせる女で決して良妻とはいいがたいものでした。それでも夫はこの妻に本気で惚れ込み、喜ばせたい一念で努力。ついにフランス皇帝まで上りつめたのです。実は、ナポレオンがジョセフィーヌにサファイアを譲ったのには訳があったのです。
「古来、サファイアには色欲を封じるという。この石でジョセフィーヌの浮気がおさまればどんなに気が晴れるか」ナポレオンにとって、頼りの綱はこのサファイアだけだったかもしれませんね。
サファイアが皇帝や聖職者の石といわれたゆえんは、この石が色欲を消すので高貴な人間にふさわしいとされたことにありました。その時、皇帝という肩書きを除けば、ナポレオンも妻の浮気に悩む普通の夫だったのでしょう。
ジョセフィーヌは大帝のサファイアをお守りにしてからというもの、人が変わったように夫に尽くし、その洗練された社交術は夫のブレーンを増やし、「ジョセフィーヌは皇帝の守護天使」とまでいわれるようになっていました。外見上は、いつしか立場が逆になり、派手に浮気に明け暮れるのはナポレオンの方でした。
その結果、皮肉にも愛人に子供が出来ると、彼との間に子供のいなかったジョセフィーヌは次第に身の置き場がなく、精神的に追いつめられていきます。そして、サファイアを手にして六年後の1810年、二人の離婚話が正式に進められていく中で、宮廷では同時に新しいお后探しが始まっていました。やがてナポレオンが22歳も年下のハプスブルグ家のマリー・ルィーズを后にすることが決まると、ジョセフィーヌは皇后の位を放棄する宣言を、王室や重臣の前で自ら行うことになります。
この後も二人の人生はめまぐるしく流れ、新しい妻のマリー・ルィーズは彼が、ロシア進攻という破滅の道を辿り、エルバ島に流された時点でさっさとオーストリアへ帰ってしまって、結局ナポレオンが1821年、52歳の生涯をセント・ヘレナ島で閉じるまでついに一度も会いに行くことはなかったといいます。
人々はナポレオンが不幸になったのは、あの「皇帝の石」を手放したからだと噂しました。
一方、ナポレオンの没落に伴い、ジョセフィーヌの安否が気遣われていましたが、逆にあのサファイアが幸運をもたらしていました。「ナポレオンに棄てられた女」というイメージは、反逆者ナポレオンを憎む人たちの同情を集め、政府と連合軍は彼女を丁重に扱い彼女の館であるマルメゾンはロシア皇帝まで訪れる華やかなサロンとして、人気を集めていました。そして何不自由なく51歳で静かにその生涯を閉じられたようです。









