ミャンマーの伝説竜が生んだ3つ目の卵から誕生した石

以前のショップ同様、宝石ことばを続けて行こうと思います。

愛読していますエッセイ集や関連書物よりの抜粋から感じた事や興味が湧いた事など自由に述べるつもりですが、誤った解釈などが多々あるやもしれません。(その際は、どうか温かい目で読んでやって下さい)

先月のパールに続きまして、今回は炎の戦いの軍神マルスが宿る石。みなさん、よくご存知7月の誕生石ルビーです。

K18/WG ルビーリング

ルビーは今世紀初頭に宝石業者によって誕生石が統一されるまでは、ほとんどの民族が12月の誕生石にしていました。石の中に炎が燃えたぎるイメージは、じっと春を待ちわびる情熱の冬を象徴していたらしいです。ルビーの本場インドでは、この石を粉にしたものが、恐怖心を無くし、快感を増幅させる秘薬とされていました。

 投げやりなほど華やか。

大天使ガブリエルの胸もとに輝き、「ムーミン」に登場する飛行鬼がほしくて、ほしくて、黒豹の背にまたがり、宇宙の果てまで探しに出かけた石。

 天使を引き寄せ、悪魔を狂わせ、しかしそのどちらにも心をゆるさず、ある程度まで近づかれると、残酷にはねのけるような魔性の魅力がある。そこに傲慢さや計算の気配があったら、崇拝者も救われるのに、彼女はただ無邪気にきらめいているだけ。

 恐るべき天衣無縫。そして天性の高貴。

稀少価値はダイヤモンドより高く、硬度9と固くて、傷さえつかず、内包物も少なく、ため息の出るほど美しい赤い肢体をしている。

 古代インドでは、ラトナラジュ−宝石の王様と呼ばれた。

 ミャンマーの伝説によれば、一頭のドラゴンが生んだ3つの卵のうち、ひとつめから異教の王、ふたつめから中国の皇帝、みっつめからはミャンマーのルビーが誕生したという。

 ロシアのイワン皇帝、フランスのルイ1世、産地のミャンマーの王様をはじめ、王族に深く愛され、尊重されてきた石です。

 とはいえ、これほどの石のわりには、歴史上の有名なルビーというのは、意外なほど少ないのです。そのうえ、そのうち、かなりの数が別の石、よく似たスピネルでした。

 たとえば英国の戴冠式用王冠に君臨する世界一と呼ばれた「黒太子(ブラック・プリンス)」 (黒い甲冑に身をつつみ残虐な略奪行為で人々を震撼させた英国の皇太子エドワードからイメージされた)も、エリザベス女王の持ち物「ティムール・ルビー」も同じくスピネルだと判明した時には大層、落胆されたと思います。

一日のうち、午後5時を表す宝石。

季節は夏をさし、美と熱情、無分別の象徴。

そして恋人を招き寄せる石。

亀ならぬ美しいルビーに招きよせられ、龍宮城を訪れた美女がいました。泉鏡花の戯曲「海神別荘」の中のお話。

 青くゆらめく海底に、妖しくそびえる龍宮城。その主であり、乙姫の弟にあたる「公子」が、人間の娘「美女」を見初め、妻にと願う。結納がわりに贈られたのは、真鯛大小8千匹、ぶりやまぐろをそれぞれ2万匹、花の真珠、雪の真珠、月の真珠。ああ、それだけではありません。青めのう盆に山盛りにされた、鶴の卵ほどの大きなルビー30個。深く、冷たく、静まり返っている。

「美女」は「公子」と結ばれました。

 この深海の花嫁に「好きな宝石は?」と聞いたら、やはり「ルビー」と答えるのでしょうか?

 私は、堂々と「ルビー」と答えられる人にお目にかかりたいと正直思いますし、またそんな貴石が扱える器にならないと石のパワーに負けて直ぐに撥ね退けられてしまいます。この熱情の赤い石を求められている方々も、高貴でどんな光にも赤くきらめく宝石の魅力にまいっているのかもしれません。

星の精からのプレゼント? 

 

  8月の誕生石「ぺリドット」

 

 暑い暑いと洩らしながら8月も半ばを過ぎてしまいました。

少し遅い誕生石ですが、いつものように冷たいお茶で喉を潤しながらお付合いいただけますでしょうか。

 

ぺリドットは軽やかな黄緑色で、名も無い、いたずらっ子の妖精たちみたい。

 〜森の緑をふるわせる、真夏のさわやかな風の色〜

木々の間をすりぬける、木漏れ日の輝きにも似ています。

 人間になかなか正体を見せない森の妖精のように、ぺリドットが物語や小説などに登場することはほとんどありません。少しだけ顔を出したとするとアラジンが魔法のランプを探しに入った洞窟の中に、ちりばめられていた果物みたいな宝石たち。そのひとつが、このぺリドットでした。オリーブの形をしていたでしょうか。

 和名「かんらん石」。かんらんとは、オリーブを指します。無邪気な黄緑色だけど、決して価値まで軽い石ではありません。由緒正しい経歴の持ち主。

 

 旧約聖書のヨブ記に「エチオピアのトパーズ」として出て来ています。エジプトの沖、紅海に浮かぶトパゾス島に産出したため、最初はトパーズと呼ばれていました。

 

 紀元前3世紀、エジプトを治めたファラオ、プトレマイオス2世、その母ベレニス女王がこの石を大変気に入っていました。女王は、息子の妃アルシノエの肖像をこの石で作り、寺に献上したといわれています。

 

 キリスト教では「黙示録」に登場し、聖都エルサレムの城壁の土台に飾られた、12の宝石のひとつでした。誕生石はこの12の石をもとに決められました。7月の真っ赤な太陽が8月になって黄金の輝きに変わることから、ぺリドットは8月の誕生石となっています。

 

 エジプト、ロシア、大英帝国で王冠に輝いています。

 バロック時代(17世紀)に一度人気を集め、消え、その後19世紀にも注目されました。

まるでティンカー・ベルが空を浮遊するように、時折歴史上に気まぐれに現れる。

 

 8月生まれの人たちに「誕生石がぺリドットなんて残念!」とよく言われてしまいます。軽やかすぎて宝石としての価値が低いと思ってしまうのかもしれません。健康的で危険な匂いが漂わないからかもしれません。

でも天真爛漫な明るさに加えてどことなく知的で気品の高い石。若い人が大きいのをしても「誰かに借りてきた」なんて思われないのがぺリドットのよい点ではないでしょうか。どんな席でも違和感なく堂々とつけられます。夜、表情の変わる石なのも魅力的。昼間の無邪気さと打って変わって、夜の人工的な照明の下では、ボトルグリーンの妖しいきらめきを見せる。別名「イブニング・エメラルド」

 

 色を楽しむ石ですから、茶色がかっているものは選ばないこと。ぺリドットの価値は、どこまでも純粋な黄緑色にあるのですから、少しでもカゲリのあるのは避けたほうがいいのです。また大粒の石は、傷の有無に気をつけて。質のいいものは、オイル・グリーンの輝きがあります。可愛い人魚の濡れた瞳のような光。

 

 予言者レノーラ・ヒュイットによれば、この石には物事をはっきり見直し、問題を解決させる力があるといいます。ただし、心の澄んだ、心の軽い人に効くので、人生に深く行き詰ってしまった人には、この石の良さを理解するのに必要なデリケートな波動が感じられないそうです。

 

 また、この石がほしくなる人は、世界の平和を望んでいるといわれてます。

 

 上質のぺリドットは、空から降ってきた隕石のカケラという説があります。宇宙に浮かぶ隕石も、内部は地中と同じ高温・高圧。だからぺリドットは、当然含まれているのです。

 鉱物学者のクンツ博士は、ニュー・メキシコ州フロリダ山に落ちてきた隕石から切り取った、世にも美しいぺリドットを持っているといいます。

 隕石の中の無邪気な宝石。

 

 星の精からのプレゼントなのでしょうか?

ジョセフィーヌの愛した皇帝の石

 何処に行っても猛暑からの逃げ場が無かった8月も終って、先日の台風の一過と同時に心なしか暑さが優しくなったような気がします。これからは実りの秋ですねぇ。お隣の田んぼの稲も少しづつ黄金色に近づいて来たみたいです。

 

 さて今月の誕生石はみなさんよくご承知の、静かな石サファイア。

 時間も空間も飛び去っていく。 

  

サファイア

 

たとえてみれば、天使の瞳の青。

 

 なにもかも見透かされているのだけれど、優しくゆるされている感じもあります。じっと見つめていると、心の中にかくしておいた、あらゆる悲しみが吸い込まれていく。そして自分の中にわずか残っている神聖な部分が、少しづつ覚醒していく気がします。

 

 あらゆる青の中で、もっとも完璧な青。

 

 冷たい霧の中で凍らせた、天上の青い花びら。

 

 宝石は人々の欲望の対象だというのに、サファイアには、邪悪の影が少しも見当たりません。でもそれは、世間知らずの清らかさではなく、絶望を通り抜けた者の静かな強さに似ています。

 

 オスカー・ワイルドの童話『幸福の王子』の瞳が美しいサファイアでした。なに不自由なく暮らした王子が、その死後、町を見渡す金の像となり、初めて、この世にはどれほど多くの苦しみが存在しているかを知り、深い悲しみに襲われます。そしてツバメに頼み、その目をくりぬかせ、貧しい少女のもとへと運ばせるのでした。

その目をくりぬくという残酷さは読者である子供の胸に、禁断の美しさとして深く印象に残ります。もしもこの瞳がダイヤモンドやエメラルドだったら、この話のサディスティックなイメージがもっと強調されていたでしょう。

しかし瞳はサファイアでした。深い悲しみをたたえた、静かなブルー。だからこそ、王子の絶望にも似た優しさが、素直に心にしみとおるのです。

 

 宝石の中で、最も神に近い石。

 

東南アジアの仏教国(スリランカやタイなど)で産出するだけあって、これらの国の仏教徒に尊重されている石です。

〜ジョセフィーヌの愛した皇帝の石〜

 

 そのサファイアの名前は、持ち主を世界の征服者にするという伝説からつけられたもので「皇帝の石」と呼ばれています。

 

ナポレオン一世の愛妃・ジョセフィーヌが初めてそれを目にしたのは、1804年、アーヘンに聖水を求めて赴いた時の事。それはわずか3ヶ月前に夫ナポレオンが人民投票で皇帝となり戴冠式を行ったばかりの8月でした。

ちょうど、このアーヘンの都に宮廷礼拝堂をカール大帝が建設して千年目にあたるというので、カール大帝の偉業を讃えるムードに沸き立っていました。ジョセフィーヌが、大聖堂にやってきたのはそんな時でした。ジョセフィーヌの参拝に敬意を表して大聖堂の職員達が、カール大帝の守護石とされていた秘宝、「持つ者を必ず皇帝にする」サファイアを特別に見せることにしました。

そのサファイアを見るなり、ジョセフィーヌは何を勘違いしたのか「これで結構よ!」と、頷きました。

慌てたのは寺院側です。と、いうのもナポレオンがドイツを征服した際、寺院側はナポレオンに聖遺物の中から何かを献上する約束になっていたからです。しかし、まさかジョセフィーヌ妃がやって来て、こともあろうに見せるだけのつもりだった寺院の秘宝を所望するとは夢にも思っていなかったのですから。結局、このサファイアはナポレオンの命に従ってジョセフィーヌの手に渡ってしまいました。

 

 聖遺物として特別の価値のあるこのサファイアをジョセフィーヌにとって、単純にカール大帝に心酔する宝石好きの夫が喜ぶだろう、と考えてサファイアを申し出ただけに過ぎなかったようです。ともあれこの宝石は、千年の時を経て、奇しくも同じ世界制覇を狙うナポレオンの手に渡ることになったのです。ところがナポレオンは、せっかくの「世界を征服する石」を、いとも簡単にジョセフィーヌに譲ってしまいます。

 

『余がそちのために神から授かった石。大切にして手放すでないぞ』

 

 ジョセフィーヌにとっては、夫が皇帝になって初めてプレゼントしてくれた宝石となりました。しかし、それがどういう意味を持つのか、そのとき彼女は気づいていませんでした。

 

ジョセフィーヌがコルシカ生まれの小男ナポレオンと結婚に踏み切った時、彼はまだ軍人でした。当時、ジョセフィーヌは結婚していましたが、フランス貴族の夫がフランス革命で捕らえられ処刑台に送られたため、二人の子供を抱え、生活苦に喘ぐ真っ最中。そんな彼女がナポレオンの求婚に応じたのは生活のためでした。

妻になった彼女は六歳も年下のナポレオンを見下し、浮気を重ねては夫をイライラさせる女で決して良妻とはいいがたいものでした。それでも夫はこの妻に本気で惚れ込み、喜ばせたい一念で努力。ついにフランス皇帝まで上りつめたのです。実は、ナポレオンがジョセフィーヌにサファイアを譲ったのには訳があったのです。

 「古来、サファイアには色欲を封じるという。この石でジョセフィーヌの浮気がおさまればどんなに気が晴れるか」ナポレオンにとって、頼りの綱はこのサファイアだけだったかもしれませんね。

 

 サファイアが皇帝や聖職者の石といわれたゆえんは、この石が色欲を消すので高貴な人間にふさわしいとされたことにありました。その時、皇帝という肩書きを除けば、ナポレオンも妻の浮気に悩む普通の夫だったのでしょう。

 ジョセフィーヌは大帝のサファイアをお守りにしてからというもの、人が変わったように夫に尽くし、その洗練された社交術は夫のブレーンを増やし、「ジョセフィーヌは皇帝の守護天使」とまでいわれるようになっていました。外見上は、いつしか立場が逆になり、派手に浮気に明け暮れるのはナポレオンの方でした。

その結果、皮肉にも愛人に子供が出来ると、彼との間に子供のいなかったジョセフィーヌは次第に身の置き場がなく、精神的に追いつめられていきます。そして、サファイアを手にして六年後の1810年、二人の離婚話が正式に進められていく中で、宮廷では同時に新しいお后探しが始まっていました。やがてナポレオンが22歳も年下のハプスブルグ家のマリー・ルィーズを后にすることが決まると、ジョセフィーヌは皇后の位を放棄する宣言を、王室や重臣の前で自ら行うことになります。

 この後も二人の人生はめまぐるしく流れ、新しい妻のマリー・ルィーズは彼が、ロシア進攻という破滅の道を辿り、エルバ島に流された時点でさっさとオーストリアへ帰ってしまって、結局ナポレオンが1821年、52歳の生涯をセント・ヘレナ島で閉じるまでついに一度も会いに行くことはなかったといいます。

 人々はナポレオンが不幸になったのは、あの「皇帝の石」を手放したからだと噂しました。

 一方、ナポレオンの没落に伴い、ジョセフィーヌの安否が気遣われていましたが、逆にあのサファイアが幸運をもたらしていました。「ナポレオンに棄てられた女」というイメージは、反逆者ナポレオンを憎む人たちの同情を集め、政府と連合軍は彼女を丁重に扱い彼女の館であるマルメゾンはロシア皇帝まで訪れる華やかなサロンとして、人気を集めていました。そして何不自由なく51歳で静かにその生涯を閉じられたようです。 

ゴールデン・サファイア

 

日本人に圧倒的な人気を誇るオパール

 うだるような猛暑も影を潜め、今年も早10月。

観るもの、食べるもの 澄み切った空気の中でいい季節ですよねぇ。朝晩は肌寒くなって過ごしやすくなりました。

さて、今月の誕生石も日本人に非常に馴染みがあって絶大な人気のオパールです。

Black-Opal

 

 ヨーロッパやアメリカが誕生石を選定する前は、10月の誕生石はアクアマリンやエメラルドでした(フランスでは現在でもアクアマリン)。青々と広がる秋の空はアクアマリン色。一方で、女心にたとえられる空模様は変幻自在に表情を変えるオパールそのもの。

 

 少女の見る真昼の夢。

 

 そんな危うさを秘めているオパール。

 石の中で虹がちらちら遊んでいる。遊色 プレイ・オブ・カラーと呼ばれるオパールだけの現象です。

 こちらの心境に合わせ、光の精が無邪気に遊びまわっているようにも、ドラゴンが火を吹いているようにも見え、ガラリと表情が変わるのが面白い。遊色のうちのどの色みが強いかで、お値段が変わります。赤・オレンジ・緑・青の順で安くなる。

 

 美しすぎて、死の匂いさえ漂わせる石。

 ウ"ェネチアでペストが流行した14世紀、病気にかかってしまった人がこの石を身につけると輝き、死を迎えるとくもるといわれました。

 見るたびに、印象の違うこの石は、時代によりその人気にかなりの波がありました。

 古代ローマ時代は、一番波が高まった時代。愛と希望と力の象徴とされ、熱狂的に愛されました。

 当時の博物学者プリニウスは「オパールの中には、エメラルド、サファイヤ、ルビー、アメシストがすべて含まれている」と絶賛。また有名なのは政治家ノニウスのオパールで、めったにないほど、みごとな輝きだったといいます。時の権力者アントニウスが奪おうとした。愛人クレオパトラに贈りたい一心だったのですが、ノニウスはにべもなく拒絶。アントニウスは激怒し、ノニウスはローマから永久追放されます。

 ノニウスが生涯かけて愛したオパール。このいわくつきの石は、ハンガリア産のホワイト・オパールだったはずです。

 古代ローマ時代に輸入されたのは、すべてこのオパールでした。

 ホワイト・オパールは別名ライト・オパールとも言います。最も昔から産出していたオパールで、地色は白かクリーム色、またはごく淡い青などで、そこにプレイ・オブ・カラーがちらついている。ウ"ェネチアの不吉な逸話を含め、これまであげた数々の伝説は、すべてこの種類のものです。

 

 ブラック・オパールは最も高価で、地色は、黒、灰、濃い青、沈んだ緑など。1902年にオーストラリアで発見されたばかりです。角度を変えると、別のパターンで遊色が現れる。神秘的な大人の女の魅力があり、日本人最も愛されているオパールです。

 

 いちばん華やかなのは、ファイア・オパールではないでしょうか。メキシコで、約500年ほど前から産出している。オレンジ色のすきとおった石で、遊色はないものもあります。

 このため他のオパールがカボションにみがかれるのに比べ、この石はブリリアント・カットやステップ・カットにも仕立てられます。メキシコの太陽を思わせる陽気なイメージ。

 

 この言葉に数回登場しますがナポレオンの皇后ジョゼフィーヌも愛したといいます。火の玉のようにみごとなオパールで「トロイの炎上」と呼ばれました。この石の中では無数の遊色が、火事のように燃えていたといいます。

 

 19世紀、小説に登場しました。イギリスの作家スコットが、魔女の持つ不気味な石と描いたのです。ヨーロッパにおけるオパールの人気は地に落ちてしまいました。

 不名誉を拭い去ったのは、ウ"ィクトリア女王でした。英領オーストラリアで、大量のホワイト・オパールが産出したので、販売促進の必要性があったらしいのですが、本当かどうかは?・・・・です。

 女王は5人の王女の結婚祝いに最高のオパールをプレゼントしました。作戦は成功し、オパールの人気は以前より高くなったということです。

 

 近頃、見かけるのが、ボルダー・オパール。宝石の部分と、褐色の母岩が一体となったもので、きらめく青や緑の地色に褐色の岩が混ざりこみ、不思議な野性味さえ感じさせます。

 自然に回帰し始めた現代人に今、一番似合うオパールかもしれません。

 

 宝石に詳しい宮澤賢治は、童話『楢ノ木大学士の野宿』の中で、主人公にこう言わせています。「実際、蛋白石(オパールの和名)ぐらいたよりのない石はないからね。今日虹のように光っている。あしたは白いただの石になってしまう。今日は円くて美しい。あしたは砕けてこなごなだ」オパールは耐久性に難点があったんですねぇ。美しいものはいずれ儚い運命が待っているものなのでしょうか?

 〜 オパールの微笑み 〜

「聖なる石」それは、神様が子供の目の創った石。澄んだ瞳でものを見ることがどんなに大切かを、この石は古代から伝えているのです。人生に行き詰まった時にこの石を見つめていると、石の放つ虹彩が、人生色々、幸せの形も色々、感じるのはあなた次第だと 。

 ただし、オパールは乾燥するとひび割れてしまうことを忘れないで下さい。人の愛も枯渇するように、いつも愛情をかけて肌に触れていないと色褪せるのです。オパールが「愛の石」と呼ばれるゆえんです。

 いろんな可能性と夢を秘めた幸せのオパール。「あなたの(私の)たくさんの才能を応援」、「愛の渇きは耐えられません」「キューピッド(オパール)があなたのところに行きたがっています」「希望をあなたに」などのメッセージを持ちます。

Black-Opal

「海に落ちたメドゥーサの首の血から生まれた珊瑚」

 〜三月は桃の節句。女の子の成長と幸せを願って〜

日本女性には切っても切り離せない珊瑚が3月の誕生石ですね。

さんごは真珠と共に日本が世界に誇れる海の産物で古くから「金銀珊瑚綾錦」とあるように「日本の宝」として珍重されてきました。

とは言え最初は日本で採れていたわけではなく、古くは地中海で採れた上質の珊瑚がイタリアの港からペルシア経由で中国に入っていました。遡ること、奈良時代に日本はこれを中国から輸入していたのです。

文化文政の頃、日本でも土佐沖で一般に「血赤」と呼ばれる赤い珊瑚が採れるようになったため、舶来品で高嶺の花だった珊瑚が庶民でも持てるようになり、櫛、かんざし、帯止めなどに細工され女性たちのオシャレに弾みをつけます。

現在は地中海では採れなくなり、土佐沖で採れる血赤珊瑚が世界的に有名になり各国に輸出されています。

 珊瑚の成分は炭酸カルシウムとわずかな炭酸マグネシウムです。樹枝状の骨格に数えきれない程のさんご虫が張り付き、そのさんご虫には花のような触手「ポリプ」がひらひらして、海中のプランクトンを捕食しています。ひらひらが6本なのは普通のさんご。8本なのが宝石となる貴重なさんごなのです。

枝珊瑚

〜珊瑚伝説〜   

 「海に落ちたメドゥーサの首の血から生まれた珊瑚」

アルゴスの王は、美しい一人娘のダナエが産む子に殺されるという神託を受け、気がきではありません。「ダナエが子を産まないようにすればいいのだ」と思いつき、娘が男と会わないように青銅の塔に閉じ込めてしまいました。

 たしかに人間の男からは隔離することができましたが、評判の美しい娘に目をつけたのは人間ではなく全能の神ゼウスでした。ゼウスは黄金の雨に姿を変えて塔の中に忍び込み、ダナエに愛を降り注いだのでした。その結果、生まれたのがペルセウスという勇敢な男子ですが、父王は青銅に閉じ込めた娘が身ごもったことに納得がいきません。親に隠し事をしていると思い込み、怒ってダナエと生まれたばかりのペルセウスを箱に閉じ込めて海に流してしまいます。

 潮に流されて母子が漂着したのはセリポス島でした。母子は島の漁師に助けられ、この島で穏やかな日々を過ごすことになります。

 歳月が流れてペルセウスもすっかり成長したある日。ダナエに思いを寄せる島の君主がパーティーに母子を招待します。このパーティーの席上で、ペルセウスは君主のおだてに乗せられて、つい、妖怪メドゥーサを退治して、その首を君主に捧げることを宣言してしまいました。

ダナエを思いのままにしたい君主は、ペルセウスをこれ幸いとメドゥーサ退治の旅に追い出してしまいます。標的のメドゥーサは、ゴルゴンの三人姉妹の一人で、美しい髪を自慢して神の怒りを買い蛇に変えられてしまったという女怪。彼女を見ただけで、恐怖のあまり誰でも石に変わると言われ、神々からさえも恐れられていました。

 しかし、勇敢なペルセウスは、三人で一つの目と歯を持つ怪獣姉妹や、ヘルメス、アテナなどの神々の助けを借りてメドゥーサの首を切り取ることに成功。メドゥーサの首を引っさげて空飛ぶサンダルで空を駆け出した時、メドゥーサの首から飛び散った血がペガサスになり、地中海に滴り落ちた血は珊瑚となりました。これがギリシア神話に出てくる珊瑚の誕生伝説です。

 ところで最初に「孫に殺される」と神託を受けたダナエの父ですが、のちに偶然にもペルセウスが競技場で投げた円盤に当り命を落としてしまいます。神のお告げは正しかったというわけです。